札幌大仏の足元に春が立ち上がる ― 雪解けの寺の風 ―

お寺のホームに流れる季節の風

雪解けの中で、季節は静かに歩みを進めています。現れるもの、去るもの、動くもの、休むもの。のすべてが重なりながら、お寺の周りに春の歩が続いています。

残雪の中に、かたくりの芽が立ち上がり始め、足元から春が始まっています。今年の芽吹きは春早々に急ぐかのように。
雪解けの中から、高野槙の実が姿を現しました。見えなかったものが、時を経て現れてきます。

姿を見せていたアカゲラも、山へ戻る頃となりました。
来るもの、現れるもの、そして去るもの。すべては時の中にあります。

雪解けの街に、人の動きもまた慌ただしくなっています。裏道りのマンションで何やら事故でしょうか。けが人などいないことを願います。季節の移ろいの中に、日々の営みが重なっていくのでしょう。

大雪のため、団体参拝の方々は大きな道から歩いて来られました。足元の厳しさの中でも、寺へと向かう歩みは止まりません。その一歩一歩に、思いの重みを感じます。

雪の降る間に小鳥もひとときの休み。急がぬ時間もまた大切なひとつです。空はまだ冷たく、春を迎える前の静けさが広がっています。その中で、お寺は変わらずここに佇んでいます。 当山のマスコット「ミルク」も、だいぶ年を重ねてきました。共に過ごした時の重みが、その姿に現れています 。
人の動きのそばで、静かに過ごす命もあります。その姿にふれたとき、自然と次の一歩が生れます。そこからすべての歩が始まり、供養の心へと行きつく機会ともなるでしょう。


 

散念棒の所作

札幌大仏文殊大菩薩様の御前に立たれたとき、まず心の中でひとつ手放すものを定め、小さな木の棒を静かに折り納めます。 その所作が、願いへと向かう心を整えます。

合 掌

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