現住所  虻田郡虻田町清水41
旧住所  虻田郡虻田町清水

明治25年、越後新発田(シバタ)藩士・村山亮昌法師が草庵を造り弘法大師を祀ったのを開基とし、同33年寺号公称。大正2年、金剛峯寺の直末となり加行道場を整え、本堂、石垣、石段をつくり同12年庫裡を完成。現在平成改修が計画され天井画板寄進が進められている。
ご本尊は鎌倉時代の佛師湛慶作の心経秘鍵弘法大師座像で高野山金剛峯寺より下付された。寺宝として伝弘法大師作の大黒天像、平安時代の不動明王像、天台宗智証大師円珍所持の五鈷杵(ごこしょ)、室町時代の曼荼羅図、佛像佛画数十点が伝わる。本堂に安置される地蔵菩薩は青森県恐山の桂材で彫られている。
北海道三十三観音霊場三十二番札所でご尊体は千手観音、大正2年山本ラク尼が背負って来山、現在観音堂に安置されている。
北海道環境保護林として人々に親しまれる。また、山に隔てられた地形から有珠山噴火時には避難所が開かれてきた。
開基の亮昌法師は虻田アイヌの大酋長(明石ワッカ氏)の世話で草庵を結び28年には板葺屋根の小本堂の落成をみたのだが、ワッカ氏愛用のサパウンペ(儀式用の冠)や民族の宝物が贈られ、これを機にアイヌ資料の収集、民具の散逸防止に尽したという。平成5年、国際先住年を記念して白老町のアイヌ民族博物館に対し多くの民具、ユーカラの録音テープ文書資料など三百余点を寄託している。
第56番札所・大師堂は本寺本堂脇の観音堂に移され、併祀されている。ご本尊 弘法大師像は高さ凡そ60cm、円形の大きな後背。当時の檀家方々の位牌が並べられている。